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『母と暮せば』ネタバレあり感想  

どうもー。一番搾り名古屋づくり美味しかった!
そうです、海老原 梓です。

友達に名古屋づくりを送っていただきまして、
買っていた横浜づくりと飲み比べてみたんですけども、
名古屋の方がすっきりしてるかなー(※個人の感想です)
正直、味の違いとか分かるんかなと思いながら飲んだんですが、
飲み比べるとはっきり分かって、こんなに違うものなんだなあ、と。
こうなると違う地域も気になるから取り寄せようかな。
お酒ではビールが一番好きです(誰も聞いていない自己紹介)。


さて本日は、『母と暮せば』の映画を観てきたので感想なんぞを。
但し、感想の大半が伸子さん(吉永小百合さん)の話になっております。
実際ほぼ出ずっぱりだったので、映画の感想となると
そうなっちゃうところもあるんだよなあ、と。あくまで私は、ですが。
映画自体、ニノが出ているから、というよりは、そもそも観たかったから
行ったところもありまして。
あーあと一度しか観てないというのと、ネタバレを避けて
雑誌類とかワイドショーの映像とか極力見ないようにしてきたので
外した感想かもしれませんが、というのも書いておきます。
色々ぐだぐだ言い訳するのもなんなので(ってもう結構しているけども)
感想は追記にて。




映画自体、そもそも観たかったというのはあるんですけども、
それでも初日に観に行った理由は舞台挨拶のライブピューイングが
あったからですし、それにニノが出演するから、ではありました。
なんですが、浩二(ニノ)が最初に出て来るシーンで伸子さんが
原爆の後探しまくったという話をしかけて止まるところで
その光景がどれだけ悲惨だったかというのは口にはされないんですけども
その表情や演技からすっごい伝わってきまして、私が最初に泣いたのが
そのシーンだったんですね。
正直そんな最初から泣かされるとは思わなくて不意打ちくらった状態だったんですけども
とにもかくにもあのシーンのすごさがもうね!
なんだかんだ言ってもやっぱりニノを観に来た部分はあったんですけども、
あのシーンで一気に小百合さん(というより伸子さん)に気持ちが傾いたのは事実です。

で、個人的に意外だったなーと思うのが、伸子さんと浩二のシーンと
同じくらい、もしかしたらそれ以上に、伸子さんと町子のシーンが多かったこと。
そして伸子さんも、(そう呼ぶこともありますけども)町子さんではなく、「町子」と
呼び捨てにするんですよね。
(息子の嫁という意味での)義理の娘であると同時に、本当の娘として
接しているのだなあと。
また町子も、実の親が存命なのかどうか、ぼかされているので(ですよね?)
余計に伸子さんに対して本当の親のように接しているところがあって
それは後で、自分だけ生き伸びてしまったことへの贖罪という意味もあると
分かるんですけども、最初は全くそれが明らかにされていないので、
余計になんというか健気な感じといいますか、亡くなった旦那の母親に尽くす嫁、
という感じが出ているわけなんですけども(あの時点でまだ結婚はしていなかったで
しょうから、本来は嫁ではないので余計に健気さが出るといいますか)。
そして伸子さんも、「町子がいたから生きて来れた」的なことを言う訳です。
本当は浩二が亡くなったことで後追いしようかと思ったけれど、
町子(という娘の存在)がいたから踏みとどまることが出来た、と。

で、この伸子さんなんですけども、助産婦という仕事をしていて、
それこそお産はいつ起こるか分からないわけです。
時には真夜中に呼び出されることもあるし、明け方までかかることもあるし、
それでも呼ばれればたとえ寝ていても駆け付けるわけです。
そして伸子さんは敬虔なクリスチャンでもあるわけで、
周囲の人(そして実の息子の浩二も)から見れば、伸子さんという人は
女神のような存在だったと思うのですね。
なんですが、当たり前ですけども伸子さんは人間なわけで、
そして戦後という混乱した時代を生き抜くためにはある種の強かさも必要で、
つまりは、お人よしないい人では生きていけないんですよね。
ということが、伸子さんへの好意から闇品を横流しする上海のおじさんを
利用して本来なら手に入らない色々を手に入れるところに繋がるわけなんですけども
もしも浩二が生きていたら自らの強かさを口に出すことはなかっただろうなあ、とも。
私がそう思うだけですけど。
そもそも浩二が生きていたら多分、上海のおじさんと関わること自体
しなかったかもしれないなあ、とも思うんですよね。
ひとりで生きて行かねばならないから利用出来るものは全て利用する、
でも利用するだけして価値がなくなったらポイ、としてしまえるほどの
強かさはないから一線は引く(お金は払う)のかなあ、とも。
きっとお金を支払わなければいずれ身体で払う(=結婚する)ことになると
伸子さんは分かっていたのだろうなあ。
それは別に上海のおじさんがそう強要するわけではなく、
伸子さん自身の気持ちとして。

話が前後するかもですが(ぶっちゃけ順番よく覚えてません)、浩二が
町子の幸せを願うことが出来ない、自分以外の人と結婚するなんて
考えられない的なことを言って、伸子さんが諌めるシーンがあるんですけども、
個人的にはそこは、それぞれの本心だったと思っています。
で浩二が納得して町子の幸せを願うと言って、
そして町子が新たな結婚相手を連れてきた後に、伸子さんが
「なんであの子ばっかり幸せになるの」と言う訳なんですけども、
「町子に幸せになって欲しい」も「なんであの子ばっかり」も
どちらも伸子さんの本音だったと思うのですね。
ただ、町子の立場が変わってしまった、と。
それまでは息子の嫁という(義理ではあるけれど)娘だったのが
赤の他人になってしまったわけで、
そりゃ娘だったら幸せになって欲しいと思いますよ、でも
赤の他人だったらもうどうでもいいわけです、冷たい言い方かもしれませんが
どう考えたって赤の他人より実の子供ですよ、そんなん。
クライマックスで伸子さんが「なんであの子ばっかり」と言ったのをみて、
なぜそこまでの間、伸子さんと浩二だけではなく、伸子さんと町子のことも
時間をかけじっくりと描いていったのか分かった気がしました。
伸子さんにとって、自らの生きる糧は家族しかなかったのだろうなあ、と。
だからこそ、たったひとり残った息子である浩二を原爆で亡くした後も
娘である町子の存在があったからこそ生き長らえて来られたけども、
町子が赤の他人になってしまったことで、生きる糧を失ってしまったのだろうなあ。
そしてそれは、家族になろう(結婚しよう)と言ってくれた上海のおじさんであるとか
隣に住んでいて気にかけてくれた冨江さんでは力不足だったのだろうなとも。
だからこそ、あのタイミングで浩二が伸子さんの前に現れたのだろうなあ、とも
思うんですよね。
浩二は「母さんが諦めなかったから出て来れんかった」と言っていましたけども
もしかしたら本当は、伸子さんの死期が近いことを知って
最後を看取って共に死後の世界へ行くために出てきたのかなあ、と。
伸子さんが亡くなった時に冨江さんが
「ひとりで誰にも看取られずに亡くなって可哀想に」的なことを言っていましたけども、
多分伸子さんにとっては、家族以外の誰が看取ったとしても
それこそ百人千人がその時傍にいたとしても、家族が誰も居なかったら
伸子さん的には、『ひとりで誰にも看取られずに』亡くなったのと同じことだったんでは
ないかと思うのです。
ある種ものすごく残酷ではあるんですけど、それが事実なんですよ(と思うんですよ)。
だからこそ、浩二が幽霊の姿でしか出られないと分かっていながら
出て来たのかなと勝手に思っております。


それにしてもニノは本当にこの時にこの映画に関わることが出来て
良かったよなあ、と他人ながら勝手に思っております。
きっと今でなければ出来なかったと思うので。
もっと若かったら多分ですがあの演技は出来なかったと思いますし、
もっと歳を取っていたらさすがに大学生の役は難しかったと思うので。
ニノがインタビューで何度も言っていた、「ボルトと走る方が絶対に速い」と
いう言葉。正直読んだ時は、まあそうだろうねえと思っただけなんですけども、
映画を観て改めてその言葉を思い出して、
あああああそうだよねえええええええええ!!!!!、となりました。
(お願いニュアンス伝わって)
そしてこの映画にニノが起用されることとなった大元のきっかけが
硫黄島からの手紙だったと聞いて、私自身がニノ(というか嵐)に対しての
きっかけが硫黄島だったこともあって、なんとも嬉しくなったんでした。


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