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はじまりはいつも相葉ちゃん その3  

どうもー。昨日のレコメン終わりでツイッターのトレンドに
「意外とM」
が入っていたのを見て思わず吹きました。
そうです、海老原 梓です。

嵐メンバーはSかMか、という質問に対して相葉ちゃんが
「松潤はねー、意外とM」
と言っていたんですが、意外?、いや結構そうじゃないかと思ってたんだけど、
とか思いながらツイッター検索したら、意外じゃないから、と言っている人が
多くてこれまた吹きました(笑)。

でもって相葉ちゃんの話です。今回で一応ひと段落かな。
毎回無駄に長くて申し訳ないです。
これ誰読むの?、と思うこともありますが自分が書きたいので(笑)
書きます。

以下、追記にて。




2004年の24時間テレビで相葉ちゃんがメンバーに
手紙を読むんですが、その最後、
「トップになりたいって夢絶対叶えようね」
この動画を初めて見た時は、今トップなんだもんなーすごいなあ、
くらいの印象だったんですけども、よくよく考えたら
とんでもないこと言っていたんだなと後で気付きました。

当時の嵐といえば、日テレの深夜に『Dの嵐』という冠番組を
やっていたり、各自がドラマに出たり、コンサートは大阪城ホールとか
さいたまスーパーアリーナとかでやっていたわけです。
で、個人的な印象としては、冠番組イコール売れている人、だったんですよ。
私はお笑いファンでもあるわけなんですが(というかそっちの方がずっと長い)、
芸人が目指すところってやっぱり自分達の冠番組、なわけなんですよね。
普段舞台に出ている芸人がテレビに出ることになったら大盛り上がりですし
冠番組を持つとなれば一種のゴール地点に到達したなーとなるわけです。
そして、コンサートにおいてもミュージシャンが目指す最初(?)の目標地点って
武道館だったりすると思うのですけども、
それよりずっと広い大阪城ホールであるとかさいアリであるとかで
コンサートをやっている、ということで、嵐ファンになった当時私は
『昔は嵐全然売れてなかったとか言うけど、冠番組あるしアリーナでコンサートやってるし
別になあ』と思っていました。
なんですがあれなんですね、ジャニーズにおいての売れるってそういうことじゃないんですね。
例えるなら高校野球において、甲子園に出ることが目標の高校と
甲子園で何勝することが目標の高校の違いといいますか。
高いところを求められている人達、というのもまた
違う意味で大変だったりするよね、辛いよね、と思う次第です。

で、当時の彼らがそのような重みを持ったことを認識しつつ
相葉ちゃんの言葉を再度聞き直したわけです。
もちろんやっぱり今聞くのとではどれだけ想像しても全然違うでしょうが
とんでもない重みを持った言葉だったんだなということだけは理解出来ました。
だって、めっっっっちゃくちゃ有名な生放送ですよ。
日テレだって多分毎年この番組にはかなりの力を注いでますよ。
もしかしたら社運だって賭けているかもですよ。
そんな番組で、「トップになりたい」ですよ。
とんでもなく思いきったことを言ったなあ、と思う次第です。

果たしてもし他の4人が手紙を書くことになっていたとしても
「トップになりたい」と言えたか、というと無理だったと思うのですね。
それは、あえて言わない人もいますし言えない人もいるんですけども
ただ4人とも、それは公の場(特に生放送の場)では口にはしなかったと思います。
唯一、あの場で言えたのが相葉ちゃんだけだった、と。

で、「トップになりたい」と相葉ちゃんが言った翌年、
嵐ファンの間に激震が走った(らしい。その頃ファンじゃなかったので)
『WISH』握手会事件、があるわけです。
知らない方のためにさらっと説明しますと、WISHのシングルが
3週目の『青春アミーゴ』にオリコン順位で負けそうだとなったため
急遽握手会が開催されることになった、というもの。
この話を聞いた時に単純に思ったのは、よく開催できたな、と。
急遽決まったであろうことを考えると、初日の売り上げを見て
これはまずいとなって会場押さえてメンバーのスケジュールも押さえて
(潤くんは『花より男子』の撮影で途中いなかったそうですが)、
とかやったんだよなあ、と考えると、まずスタッフさんの仕事早っ、と。
よく日曜の幕張(メッセ)なんて取れたな。もしかしたら他の何かで
取っていたのかもですが。
そして、握手会単体で考えると赤字だと思うのですよ。
もちろん広告費宣伝費という考えになるんでしょうから正確には
赤字とは言い切れないところもあるとは思いますが、それだけ見たら赤字よね。
会場費と人件費を考えると。
そしてなによりメンバーですよ。もし5人のうち1人でも
握手会なんてみっともないことやりたくない、
と言ったならばもしかしたら開催されなかった可能性もなかったわけではないよなあ、とも。
実際握手会当日も、行った人によると「スタッフさんがすごい頑張っていた」とか
「花男の撮影で潤くんがいない間はニノが潤くんの眼鏡をかけて
握手会をやっていた」とか
「花男の撮影休憩中に潤くんが役の格好のままで戻って来て
握手会に参加していた」とか色々話を聞いて
皆、ここで1位を取ること、に尽力していたのだなあと思います。

で、なんでそれだけ皆が頑張れたのかといえば、色々あるでしょうけども
そのうちの一つは確実に前年相葉ちゃんが発した言葉だったと思うのです。
実際、その当時を振り返ったブログを読むともれなく
「トップになりたいと涙ながらに言っていたのに握手会なんてさせて」
的なことを思って会場に行ったり行けなくてもCDを買い足したりした
ファンが多かったそうですし。結果的に数千枚差とかで嵐が1位になった
そうですが、もしも相葉ちゃんの言葉がなかったとしたら果たして
ファンはそこまで頑張っただろうか、スタッフの人もそこまで頑張っただろうか、
そしてメンバーももしかしたら、と思ったりもするわけです。

前回も書きましたけど、相葉ちゃんの言葉って
計算せずに本質を突いてくる人
だと思っています。
「トップになりたい」も別に計算で発した言葉ではなかったと思うのですね。
単に普段皆で言っているし、皆に感謝の言葉を告げてくださいと言われて
じゃあ最後にそれで締めるか、くらいの気持ちだったんじゃないのかなあ、と。
少なくとも、それを発することによってメンバーが、スタッフが、ファンが
そして嵐に対して好きでも嫌いでもない人や嫌っている人がどう思うか、とかは
特に考えていなかったのではないのかなあ、と。
いやもちろん全く考えていなかったとは思ってないですよ。
でもこれ、考え出せば出すほど言えなくなっちゃうと思うのですよ。

そして何より。
今までだらだらずっと書いてきましたけど最終的にはここにいきつくなと
思うんですが、結局ね、
みんなさ、相葉ちゃんのこと大好きじゃん、と。
翔君が以前、相葉ちゃんのこと嫌いな人なんていないんじゃないか、的なことを
言ったそうですけど、事実そうなんだと思うのですよ。
もちろん100%はないにせよね。でもなんだかんだ言ってもみんな好きじゃん。
そして好きな人が泣きながら「トップになりたい」って言ってたらそりゃあ
自分に出来ることならやるよ!全力でやるよ!ってなるじゃん、と
思うわけです。
特に握手会の話とか聞いていると、原動力の一つって絶対そこだったと思うのですよ。
大好きな相葉ちゃんがあの場(超有名生放送)で言ったことを叶えよう、って。
(実際、4年後の24時間テレビでニノが手紙を書いて読んだ理由のひとつは
「トップになりたい」と言った相葉ちゃんへのアンサーもあったと思っています)

嵐のブレイクのきっかけとして、潤くんが出演した『花より男子』
ニノが出演した『硫黄島からの手紙』、翔君がレギュラーになった『NEWS ZERO』
大野くんが開催した個展、とある中で相葉ちゃんだけがその時期
突出した仕事がないわけなんですが、いやいやでも
きっかけはやっぱり相葉ちゃんだったと思うのですよ。
もしかしたらあの時の相葉ちゃんの言葉がなかったら、嵐は今このポジションには
いなかったかもしれないと思うのですよ。
それっくらいとんでもない発言だったんじゃないかと
当時を全く知らない自分なんかは思うわけです。

そういえば、デビュー会見で嵐の目標を訊かれて
相葉ちゃんが答えるわけなんですが、
15周年のハワイ特番でそれを見た相葉ちゃんが
「こういうのって一番分かってる人が説明するもんなのに
なんにも分かってない俺が説明しちゃった」
的なことを言っていたのですが、
いやいやどうして、やっぱりはじまりはいつも相葉ちゃんなんですよ。
彼の、シンプルでだからこそ深みと重みを持ったことが言えるその力が
知らぬ間に皆を動かしていたのだと思うし、きっとこれからもそうなんだと
思うのですね。
つくづく、相葉ちゃんが嵐にいてくれて良かったなあ、と
普通にも程がある感想しか結局は出ないんですけども、
ほんとなー、相葉ちゃんがいてくれて良かったわ。
ま、これは5人全員に対して言えることですけどね。
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コメント

>むくむくさん

はじめまして。コメントありがとうございます。
ハマりたての頃に書いた記事にコメント頂けると思っていなかったので
びっくりしましたが嬉しいです。
今の嵐からは全く考えられないですが、不遇の時代もあったんですよね。
言葉が悪いですが谷間の時代だったというのは聞いていたんですが
オリンピックイヤーで数字が見込めなかったというのは始めて知りました。
確かに捨て駒的な感じもあったのかもしれないですね。
そう考えると本当に、「トップになろうね」という言葉の重さが
今更ながらずしんときます。

海老原 梓 #O5sb3PEA | URL
2016/04/25 23:38 | edit

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